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詮索

私は人のことを詮索するのは好きではないし、されるのも好きではない。

ただ、世の中にはあれこれ詮索好きな人間もいることは確かだ。

昨日の私は今日の私とは違う。まして、世間的なイメージは何年も前の私のイメージを固定観念化してみている。虚像が大きく膨らんでもいるようだ。

もはや、それは今の私ではないにもかかわらずだ。

でも、それは、それで構わず流しておくことにしよう。

ネットの世界にも色んな「ノイズ」が流れている。でも、余計なノイズに構うこともしない。私の実像を知る少数の人々がいれば、それで満足だからだ。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

座して豊富な食料や水を得られるでないこの地球に生き、一寸先もわからぬ闇の中であがいている人間にとってお金や情報に対する執着は凄まじいものがあると思います。弱い存在から収奪し、ただただ、延命を図ろうとしている私たち。霊性教育は打ち立てられるのでしょうか!?

投稿: タチバナ | 2008年6月25日 (水) 03時24分

過去の生きざまがあったから、今のお姿がある事と思います。うわべだけの色々な出来事を自分の目線で人を判断し、心の奥底を見ない人は、いるのも現実だとは、思いますが私は、お言葉の中から本物の信念を感じ心の内から光を感じます。私にとって、この出会いは、必要な大切な事です。今後とも何かを学んでいきたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。

投稿: 桃 | 2008年6月25日 (水) 12時07分

桃さん

ありがとうございます。

まあ、本の内容にしても、なかなか著者の意図するところが分かってもらえない部分があって、おまけにうわべだけで判断されているところが大きいようですね。

いちいち気にしていたら、きりがないので、外部からのノイズは遮断しました。

こちらこそ、よろしくお付き合いのほど、お願いします。

投稿: novocaine | 2008年6月25日 (水) 13時46分

真似のできない生き方、自分より才能のあると思う人を嫉妬のあまり批判する、そんな人の言う事に共感する人は、美しい光を求めては、いない別分野を求めている人と私は、割り切りました。私は、激しい性格の為、以前の私は、失礼な無礼な態度を聞くだけでも怒りがこみあげ、闇とは、闘ったのですが!人は、変わるものですね。私は、チョイ悪オヤジについていきます。私の価値観を変えて下さり、ありがとうございます。

投稿: 桃 | 2008年6月25日 (水) 15時29分

桃さん

僕は、普段は口数が少なくて静かな方なのですが、反面激しい部分も持っています。ハートはいつも熱いのですが、最近はメリハリをつけることができるようになりました。

30代の時の自分なら、徹底的にやりあっていましたが、さすがに五十路ともなると、いつもフルパワー&全開バリバリとは行かないので(笑)、ボソッとつぶやく程度になっています。

ライブでお会いしましょう。

投稿: novocaine | 2008年6月25日 (水) 15時58分

私も実名こそは、出されていませんが現在、ネットで書き込まれまくっております。何人かの小さな間で、今日、電話で教えてくれた知人がいましたが無反応な私にいつもなら怒って、闘う姿勢か、または、何故そこまで、するのか?悲しむのどちらかだと思ったのに楽しくない、と言われました。親切では、ない知人と書き込んだ人への怒りは、消しさりました。今の私に必要のない出来事であり自分が遭遇した現実のみ受け入れ、こみあげてくる怒りを払いました。このブログのコメントが助けてくれたのだと思います。ライブで、お会いする日が楽しみです。

投稿: 桃 | 2008年6月25日 (水) 16時23分

桃さん

ネットでどう書かれているか、いちいち教えてくれるというのも「おせっかい」なことですね。

あなたの激しい反応を見るのが楽しみだったんでしょうか。でも、拍子抜けしたわけですね。

僕の場合は、実名入りであちらこちらに書き込まれていますね。「嗤っている」という筆者の波動がたっぷりの記事が目立ちます。

一昔前なら、そこまで乗り込んで抗議したでしょうが、今は「へえ〜俺ってそんな風に見られてるんだ」って感じです。

だって、実情も何も知らずに、勝手に書かれているわけですから、呆れてものが言えません。

どうぞご自由にと基本的には流しています。

(ただし、書き込みの内容が名誉毀損のレベルになった場合は、告訴も検討します)

投稿: novocaine | 2008年6月25日 (水) 17時14分

その知人には、呆れて、声もだす事もできませんでしたが一言、知人は、おもろしろい展開は、ないんだね。と言い寂しげに電話を切りました。呆れるをとおりこしてしまい、笑ってしまいました。私の場合とは、違い、実は、昨日、こちらのHPを探してて、私も目にしましたが本のイメージを崩したりする内容など悪質なコメントを目にしました。これ以上、悪質なら法の手段も仕方ないのかもしれませんね。私は、どんなコメントを見てもこの縁に感謝し人としての魂、心に惚れております。

投稿: 桃 | 2008年6月25日 (水) 17時49分

私だけでは、なく今までの生きざまに惚れ深みの味のある心に共感して、素の姿に魅力を感じ共に歩みたいと思ってる方は、たくさんいると思います。私は、そんな同じ想いの人たちを感性でかんじております。皆を引っ張っていて下さいね。美しい光を覗いてみたいです。

投稿: 桃 | 2008年6月25日 (水) 18時34分

桃さん

下衆の勘繰りというか、ワイドショー的な興味本位の取り上げられ方には、辟易しています。

過去、色んな取り上げられ方をしてきましたが、「文藝春秋」にまで実名入りで記事が出たこともあって、これは大変光栄にさえ思っています。

でも、どれもこれも誤解や曲解、低俗な誹謗中傷の類なので、こちらも同じレベルで争うようなことはしません。

ただし、理不尽な扱いをされたときには、毅然たる態度で行動します。

もちろん、同じ志を持つ人や付いてこようとする人々も大勢いますので、サポーターの力はバカにはならないです。

共に歩める仲間がいることもまた事実なのですから。

投稿: novocaine | 2008年6月25日 (水) 19時18分

私は、主婦であり一般の感想ですので同じ感想を持つ方は、多い事と思いますが昨日、見たものは、びっくりものでした。あのような文章を見ていて、その方の嫉妬とも思える醜いものを感じました。それもHPを探している範囲で見たものですが!本人的には、善人のつもりで上目線で書いた事だと思いますが見た人は、その人の内側の醜さを感じるものでした。毒舌とは、違い暗い波動を感じられている事をわかっていないのでしょうね。一般市民の感想です。私は、この出来事からも何か奥深い事を考えさせられます。

投稿: 桃 | 2008年6月25日 (水) 20時00分

桃さん

なるほど、ポジ・スピを装ったネガ・スピな人ですね。

注意深く、私の周囲の環境を観察していきたいと思います。

にしても、ノイズが多いものです。パソコンのお祓いもしなくっちゃcoldsweats01

投稿: novocaine | 2008年6月25日 (水) 23時28分

ポジ・スピを装ったネガ・スピとは僕にも当てはまりますね。好奇心の暴走は詮索される当人にとって迷惑千万だと思います。僕自身、相手の迷惑度を考えず言動している時がありますので、反省していきたいですね。

投稿: タチバナ | 2008年6月26日 (木) 16時26分

初めて、本を読ませて頂きました。図書館で借りたものですが時代という唄の一節がのっておりました。時の流れとともに私たちはいろいろな経験を重ね、変化を遂げていく。本の中の言葉でした。人は、変化を求め昨日の私では、なく今日の私、よき方向に向かえたらと思いました。

投稿: 桃 | 2008年6月26日 (木) 20時56分

桃さん

その借りた本というのは「臨死体験の世界ー死と再生の心理学」ではないですか。

91年に出した、僕の最初の「スピ本」ですね。

今から思えば、体験的理解を欠いた恥ずべき内容と自己評価しています。

まあ、僕にも青い頃があったということです。

投稿: novocaine | 2008年6月27日 (金) 22時32分

スピ本の初めての本から読んで、いたのですね。

投稿: 桃 | 2008年6月27日 (金) 23時30分

私は、頭が悪く、知識を理解する事が不可能ですが文章、言葉の中からどんな思いで書かれ志を持っている方か人物像を想像してしまいます。私は、研究者の使命は、自分の研究内容を分かりやすい言葉で人々に伝え、自分の持っている知識を社会に還元することだと信じている。の文章を見て、とても感動し私でも理解する言葉で教えてくださる方とめぐりあう事ができたのだと感謝、致しました。これからも良き方向に導きをお願い致します。

投稿: 桃 | 2008年6月28日 (土) 14時21分

桃さん

人間の記憶のメカニズムの研究では、一度記憶された内容は半永久的に脳内に貯蔵されます。その記憶容量は無限大だともいわれています。

パソコンでいえば、HDDが途方もなく大容量ということでしょう。

貯蔵された記憶には、知識に関する記憶と出来事に関する記憶、手続きに関する記憶の3種類があります。

知識に関する記憶が苦手だという人でも、自分に関係する出来事や経験と結びつけながら覚えていけば、何ら支障はきたしません。物事を自分自身の経験やエピソードと一緒に関連づけて脳に焼きつけていくのが、コツなんです。

なので、体験的理解を僕は重んじます。

>研究者の使命は、自分の研究内容を分かりやすい言葉で人々に伝え、自分の持っている知識を社会に還元することだと信じている。

この時の言葉は、今でも決して忘れることのない僕の初心です。

「祈りの研究」では、この初心に戻ったスタイルで書かれています。

投稿: novocaine | 2008年6月28日 (土) 16時13分

祈りの研究、今からこの手で読むのが楽しみです。祈りが持っている本来の美しさを感じられる本だと期待しております。読む側の意識が雲っていては、美しさを感じる事ができないので、私も今から本来の美しい祈りのハートが伝わるように自分の心を清めておきます。楽しみです。

投稿: 桃 | 2008年6月28日 (土) 18時13分

「祈りの研究」は1万部刷ったと聞きました。

なかなか最近、初版1万部というのは珍しいのですが、それなりの需要や手応えを感じて出版社も踏み切ったのでしょう。

月が変わって、しばらくしたら全国書店に出回るでしょうから、もうしばらくお待ちを。

投稿: novocaine | 2008年6月29日 (日) 13時51分

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