稲荷神の秘密
IHDがまたぞろ妄言を吐いている。今度は「稲荷神の秘密」ときた。
この問題については「脱走稲荷の総本山は、愛知県に存在します。」
とまで書いている。これって、豊川稲荷のことをさしていることはまず間違いないであろう。じゃあ、豊川稲荷に参詣する人々はみな野狐憑きになるのか?とんでもない。
稲荷信仰の歴史を調べれば、誰でも分かることなのだが、誤った言説を流布するのはもういい加減やめた方が賢明というものである。
荼吉尼天信仰については、すでに「弁財天と荼吉尼天」の記事で論じているので、過去記事を参照していただきたい。荼吉尼天法を呪詛修法と紹介するIHDは、明らかに勉強不足である。
神道と仏教は奈良時代の初期から明治の廃仏毀釈までの1000年以上の間、共存してきた歴史があることを忘れてはならない。神道稲荷と仏教稲荷は現在は区別されているが、本来両者は密接な関連性があり、それを分けて論じることは無意味である。どちらがよくて、どちらが悪いという二分法的な論じ方は稚拙である。
以下に、稲荷神に関する誤解と偏見の問題を論じる。
本来,信仰には正統も異端もない。正教や邪教という区別も,社会,文化,政治的な価値判断の所産であり,それぞれを信じる人間が自らの願望を成就させるために勝手にこしらえた神仏イメージの影響を受けているだけのことである。
たとえば,稲荷を狐と取り違えると言っても,それはインドの伝説,中国の伝説から見た話であり,流言の社会心理的メカニズムによって「噂」の内容がどんどん変容していくのと同じ論理で,われわれ人間の想像力によって日本では稲荷が狐と混合されてしまっただけのことである。
問題は,そうして何世代にもわたって受け継がれてきたであろう「イメージ」がわれわれの意識の深層にも蓄積されており,微細意識の次元においてなかば独立した意志を持つ「意識場」になりうるということである。
したがって,稲荷神社には霊狐が住み着いていると多くの人々が信じていれば,そのイメージ複合体が,微細意識次元(アストラル次元)における「狐」を,その神社に増殖させることになる。
その神社の「神」に富と財を求めて参拝に訪れる人々が多ければ,「何が何でも金がほしい」という強い願望が,潜在している「狐」イメージと連動して「強欲な狐」(自己産出的微細場)を生み出してしまったり,すでにそこに形成されている邪気・邪念が転化した「野狐」の意識場と同調して,それに振り回されることになる。
ちなみに,野狐は憑き物信仰に出てくる邪霊の一種であり,憑いた,憑かれたと大騒ぎになる「ならず者」であって,稲荷神の神使としての霊狐とは異なる。江戸期に修験行者などが民衆に対する脅しとして使役した部分もあり,これが狐が取り憑く,祟るという信仰のベースになっていったようである。クダ狐やオサキ狐なども修験と連動して普及していった憑霊信仰の一種であるが,総じてキツネ憑き信仰は関東・中部地方に多く,近畿地方では皆無に近い(Cf.,石塚尊俊,1999,「日本の憑きもの」(未來社)。
ところで,稲荷はキツネだと頭から決めつけて恐れたり,逆に所詮動物となめてかかるのは,その人の信念の問題であり,勝手かもしれない。けれども,そのような心持ちで稲荷社のある場所を訪れるのは,その場に昔から形成されてきたコアな「意識場」に対しての一種の侮辱になる場合もある。土足で聖域に踏み込んでいるようなものであり,本体のカミに対して唾を吐くような行いとなるのではないか。いたずらに先入観と思いこみだけで,神社・仏閣に訪れるのも考え物であろう。それならば,まったくの観光と割り切って訪れる方が意識場に対して無関心な分だけ害もない。その理由は以下に示す通りである。
一例をあげてみよう。中世の神仏習合思潮に基づいて論じるならば,伏見稲荷山の5つの峰には稲荷神に由縁のある,さまざまな神仏が鎮座していることになる。これは神仏が分離されて久しい現代にあっては,ほとんど知られていないことである。
東の峰―大威徳・天照大神・吒枳尼天
南の峰―降三世・丹生明神・訶利帝母
西の峰―愛染・弁財天
北の峰―不動三大神
中の峰―稲荷・弥陀・辰狐王
したがって,伏見稲荷に参拝し,稲荷山を巡るという行為は,意識のルーツをたどるならば,ここにあげたような神仏との交感を意味するわけである。
友人の家に呼ばれて,そこに住んでいる家族の顔を見ても挨拶もせずに通り過ぎ,いきなり自分の友人の部屋に上がり込むような無礼は,常識のある人ならば誰もしないであろう。これと同じ論理で,少しでも篤信家であると自負するのならば,自分の好むと好まざるとにかかわらず,神社・仏閣に詣でたときには,先入観を排し,そこに祀られているすべての神仏にご挨拶くらいはするものだと思うのだが,いかがなものであろうか?実際,どのような神仏が祀られているのか外観だけでは判断できないこともあるのだから・・・。
また,真言宗の根本道場である教王護国寺(東寺)にある「稲荷大明神像」には中央に白狐にまたがった荼吉尼天を中心として,右側には弁財天,左側には聖天が描かれており,これらはいずれも荼吉尼天と同体とされる天部の仏である。東寺には今でも稲荷神を祀る社(八嶋宮)があるし,祭の時には伏見稲荷から神輿がここに立ち寄るのである。
さらに,奈良県天川村の天河弁財天に伝わる「天河秘曼陀羅」を見ると,何と天河弁財天の姿は3つの首を持った蛇女の姿で描かれており,その周囲には多くの蛇と狐が取り巻いている。その背後には稲荷神のシンボルも描かれている。これが「本尊」だとすると,要するに天河弁財天を拝むというのは蛇崇拝であり,稲荷神の神使,眷属たる霊狐を拝んでいることになるのである。
つまり,ここに登場してくる神仏は,少なくとも中世の神仏観から見れば,すべて稲荷神の化身あるいは「稲荷一族」という風にも理解できる。さらにいえば,江戸時代の信仰では稲荷明神(荼吉尼天)の本地(隠れ身の本体)は大日如来である。これは荼吉尼天法に大日如来真言が冒頭に出てくることからわかるだろう。そして、仏教でいう大日如来は神道では天照大神に対応することは神仏習合的な見地からは常識である。
また,観世音菩薩の垂迹(具現化イメージ)が稲荷神,文殊菩薩の垂迹が稲荷神だという教えも残っている。
稲荷神は密教や修験と習合していく過程において,さまざまな神仏との関連づけが進んだ神である。だから,弁財天は好きだが稲荷はどうも・・・というのも筋は通らないし,自分は不動明王を信仰しているから稲荷は関係ないとか,自分は神道でも天照大神は尊信するが稲荷はイヤだ,と思うのも本来的には誤解していることになる。さらに,荼吉尼天は外法の神であり,鬼神だから敬遠するというのも,その本地である大日如来をも遠ざけることになりはしないだろうか。神仏習合の見地からみればは,どれも「一族」,「一家」なのである。
神仏習合思潮においては,様々な神仏が星座のようにネットワークを形成しており,1つの神または仏を信仰することはそれに関連してくる他の神仏とのリンク抜きには語れない部分があるのだ。こうした神仏のネットワークを自覚することによって,神仏意識とのアクセスを試みるならば,思いがけない展開が起こって,意識の拡張プロセスにも多様な道筋が開けてくるであろう。
参考文献:『稲荷記』(1332年;正慶元年)現存する最古の仏教稲荷縁起である。伏見稲荷大社(編)稲荷大社由緒記集成-信仰著作篇 1957 所収
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コメント
稲荷神は奥が深いのですね。驚きました。
自分が参拝していた伏見稲荷の峰々が、そのような神仏意識場に結びついていたとは驚きです。
これからは気持ちも新たに、伏見稲荷参拝をさせていただきたいと思わされております。
投稿: arisya | 2008年10月27日 (月) 06時59分
IHDの考えは甚だしく疑問を感じますね。神仏に関してまともに関わっていればわかると思うのですが・・・。間違った考えを盲信することは避けたいですね。自らを客観的に見られる自分であり続けたいものです。
投稿: 求明童子 | 2008年10月27日 (月) 13時00分
たとえ、それが霊示によるものであったとしても、間違った託宣を下す神など神ではありませんしね。
本人が学習したことのない知識でも、霊示、啓示によって知らされた事柄が、正しい知識であることが証明されるのが本物です。
そんな「霊示」に頼らなくても、以下のような文献を持っていれば、惑わされるようなことはありません。
山折哲雄(編)「稲荷信仰事典」(戎光祥出版)
五来重(監修)「稲荷信仰の研究」(山陽新聞社)
投稿: 魔王★クラウザー | 2008年10月27日 (月) 14時18分
言うに事欠いてそんなことまで言ってますか。
それは笑えます。
先生のおすすめ本は入手してますが、重宝してます。
投稿: tony | 2008年10月27日 (月) 17時49分
確かナチス・ドイツの宣伝大臣だったゲッベルスが「嘘も千回繰り返せば真理になる」と言ったような記憶があります。
名言ですね。
投稿: 魔王★クラウザー | 2008年10月27日 (月) 19時59分
中村先生
明晩の「お山めぐり」が、ますます楽しみになりました。
投稿: イナリスキー | 2008年10月27日 (月) 21時48分
一番怖いのは、私が先生の本を読むまで、多少のお稲荷さんは見返りが怖いからなどと、間違った認識してる人が、それを見て、あ~やっぱりなどと思いこむことです。
確かな知識を知らないということは、安易に間違った知識が入り易いということです。
投稿: あおいちゃん | 2008年10月27日 (月) 21時53分
この記事を書くにあたって参考にした文献を本分中に表記しました。
原典のコピーが出てきたので、それに沿って伏見の稲荷山に鎮座するとされた神仏の名称を変えています。
「イチから知りたい日本の神さま」の原稿にも書き加えたので、本が出たら読んでください。
稲荷信仰に関する妄説・妄言は断固として糾弾します。
投稿: 魔王★クラウザー | 2008年10月27日 (月) 23時28分
元々知識がないので、お参りとか遠慮しがちだったのですが、
つい2、3日前に近所の若宮神社を初めて訪れてみました。
そこにお稲荷さんの小さな祠があったので、
そちらにもお参りしておこうと祠の前に立った時、
清浄な空気を感じました。
まるで、たった今掃除が終わったばかりみたいなさっぱりした感じで。
やっぱり自分なりに確かめられればそれに越した事無いのだろうなと思いました。
手を合わせる前から両手の真ん中が熱くなりましたね。
手のひらを上に伸ばして、ありがたくエネルギー受け取ることにしました。
投稿: 白猫 | 2008年10月27日 (月) 23時37分
ちなみに、関西では、すでに神仏習合への新しい回帰が始まっているようです。伝統霊性からの動きも出てきました。
今だからこそ、一度、古の信仰のあり方を個々人で体験的に味わってみるのもいいと思います。
ーーーー
「神仏習合」新巡礼の道、関西の150社寺で開始−9月8日
関西7府県(大阪、京都、兵庫、滋賀、奈良、和歌山、三重)の有名社寺でつくる「神仏霊場会」は、新巡礼ルート「神仏霊場巡拝の道」の巡拝の受付を、9月8日から開始。巡拝に参加する150社寺で専用の朱印帳の販売を始めた。
同霊場会は、宗教学者山折哲雄氏らの呼び掛けで3月に発足。神と仏を同時に敬う日本の精神風土を現代に取り戻し、現代人の心の平安や社会の安定に貢献することが狙い。
神社や寺院への参拝・巡礼は伊勢参りや熊野詣などとして古くから行われてきたが、新巡礼ルートは、伊勢神宮(三重県)を出発点に和歌山県、奈良県、大阪府、兵庫県、京都府を経て、比叡山延暦寺(滋賀県)に至るルート。同霊場会は、「個人それぞれにあった方法・順路でお参りして頂きたい」と述べている。
巡拝が始まった9月8日には、参加社寺の神職と僧侶約230人が伊勢神宮に参拝した。仏教界の重鎮ら一同が正式参拝したのは初めてという。
問合せ先:神仏霊場会事務局
電話:077−578−0521
投稿: 魔王★クラウザー | 2008年10月27日 (月) 23時48分
上記の参加社寺は以下の通り。自分に合った神仏が見つかるかもしれませんよ。(もう分かっている人はともかく)
○特別参拝
皇大神宮(三重県伊勢市)
豊受大神宮(同)
○和歌山県
1 熊野速玉大社(和歌山県新宮市)
2 青岸渡寺(同県那智勝浦町)
3 熊野那智大社(同県那智勝浦町)
4 熊野本宮大社(同県田辺市)
5 闘鶏神社(同県田辺市)
6 道成寺(同県日高川町)
7 藤白神社(同県海南市)
8 竈山神社(和歌山市)
9 根来寺(和歌山県岩出市)
10 慈尊院(和歌山県九度山町)
11 丹生官省符神社(同県九度山町)
12 丹生都比賣神社(同県かつらぎ町
13 金剛峯寺(同県高野山町)
○奈良県
14 東大寺(奈良市)
15 春日大社(同)
16 興福寺(同)
17 大安寺(奈良市)
18 帯解寺(同)
19 石上神宮(同県天理市)
20 大和神社(同県天理市)
21 大神神社(同県桜井市)
22 法華寺(奈良市)
23 西大寺(同)
24 唐招提寺(同)
25 薬師寺(同)
26 法隆寺(同県斑鳩町)
27 中宮寺(奈良県斑鳩町)
28 霊山寺(奈良市)
29 宝山寺(奈良県生駒市)
30 朝護孫子寺(奈良県生駒郡)
31 廣瀬神社(同県河合町)
32 當麻寺(同県葛城市)
33 橿原神宮(同県橿原市)
34 文殊院(同県桜井市)
35 長谷寺(同県桜井市)
36 室生寺(同県宇陀市)
37 南法華寺(同県高取町)
38 談山神社(同県桜井市)
39 金峯山寺(同県吉野町)
40 丹生川上神社上社(同県川上村)
41 丹生川上神社(同県東吉野村)
○大阪府
42 住吉大社(大阪市住吉区)
43 四天王寺(同市天王寺区)
44 阿部野神社(同市阿倍野区)
45 今宮戎神社(同市浪速区)
46 大念仏寺(同市平野区)
47 法楽寺(大阪市東住吉区)
48 生國魂神社(同市天王寺区)
49 坐摩神社(同市中央区)
50 大阪天満宮(同市北区)
51 太融寺(同市北区)
52 施福寺(大阪府和泉市)
53 水間寺(同府貝塚市)
54 七宝瀧寺(同府泉佐野市)
55 金剛寺(同府河内長野市)
56 観心寺(同)
57 叡福寺(同府南河内郡)
58 道明寺天満宮(同府藤井寺市)
59 葛井寺(同)
60 枚岡神社(同府東大阪市)
61 四條畷神社(同府四條畷市)
62 水無瀬神宮(同府島本町)
63 総持寺(同府茨木市)
64 神峯山寺(同府高槻市)
65 勝尾寺(同府箕面市)
○兵庫県
66 生田神社(神戸市中央区)
67 西宮神社(兵庫県西宮市)
68 廣田神社(同県西宮市)
69 仞利天上寺(神戸市灘区)
70 湊川神社(同市中央区)
71 長田神社(同市長田区)
72 須磨寺(同市須磨区)
73 海神社(同市垂水区)
74 廣峯神社(兵庫県姫路市)
75 圓教寺(同県姫路市)
76 赤穂大石神社(同県赤穂市)
77 一乗寺(同県加西市)
78 清水寺(同県加東市)
79 清荒神清澄寺(同県宝塚市)
80 中山寺(同)
○京都
81 石清水八幡宮(京都府八幡市)
82 御香宮神社(京都市伏見区)
83 城南宮(同市伏見区)
84 教王護國寺(同市南区)
85 善峯寺(同市西京区)
86 大原野神社(京都市西京区)
87 松尾大社(同市西京区)
88 天龍寺(同市右京区)
89 大覚寺(同市右京区)
90 神護寺(同市右京区)
91 車折神社(同市右京区)
92 仁和寺(同市右京区)
93 鹿苑寺(同市北区)
94 平野神社(同市北区)
95 北野天満宮(同市上京区)
96 今宮神社(同市北区)
97 宝鏡寺(同市上京区)
98 大聖寺(同市上京区)
99 相国寺(同市上京区)
100 御霊神社(同市上京区)
101 賀茂御祖神社(同市左京区)
102 賀茂別雷神社(同市北区)
103 鞍馬寺(同市左京区)
104 貴船神社(同市左京区)
105 寂光院(同)
106 三千院(同市左京区)
107 赤山禅院(同)
108 曼殊院(同市左京区)
109 慈照寺(同市左京区)
110 吉田神社(同)
111 眞正極楽寺(同市左京区)
112 聖護院(同市左京区)
113 平安神宮(同)
114 行願寺(同市中京区)
115 青蓮院(同市東山区)
116 八坂神社(同市東山区)
117 清水寺(同市東山区)
118 六波羅蜜寺(同市東山区)
119 妙法院(同市東山区)
120 智積院(同市東山区)
121 泉涌寺(同市東山区)
122 観音寺(同市東山区)
123 伏見稲荷大社(同市伏見区)
124 三室戸寺(同府宇治市)
125 平等院(同府宇治市)
126 醍醐寺(京都市伏見区)
127 毘沙門堂(同市山科区)
128 浄瑠璃寺(同府木津川市)
129 岩船寺(同府相楽郡)
130 穴太寺(同府亀岡市)
131 籠神社(同府宮津市)
132 松尾寺(同府舞鶴市)
○滋賀県
133 多賀大社(滋賀県多賀町)
134 田村神社(同県甲賀市)
135 金剛輪寺(同県愛荘町)
136 西明寺(同県甲良町)
137 長濱八幡宮(同県長浜市)
138 宝厳寺(同県長浜市)
139 観音正寺(同県安土町)
140 永源寺(同県東近江市)
141 百済寺(同県東近江市)
142 日牟禮八幡宮(同県近江八幡市)
143 長命寺(同県近江八幡市)
144 御上神社(同県野洲市)
145 建部大社(同県大津市)
146 石山寺(同)
147 園城寺(同)
148 西教寺(同)
149 日吉大社(大津市)
150 延暦寺(大津市)
投稿: 魔王★クラウザー | 2008年10月28日 (火) 00時01分
昨年、銀座のお稲荷さんを回ってました。震災や空襲による銀座の壊滅と復興を見守っていたキツネちゃんはどの子もやさしい感じでしたよ(^-^)みんな普段は地元の方と日枝神社の方にお世話されています。
投稿: みと | 2008年10月28日 (火) 06時30分
神仏習合の流れ良いですね。今は関東メインで回ってますが、いつか巡礼したいものです。関西方面にこちら系の仲間が多いのできっとかなうと思います。神仏の大名行列にならないように注意が必要ですが(笑)。
投稿: 求明童子 | 2008年10月28日 (火) 07時02分
錚々たる偉人が信奉し、わたしも大好きな豊川閤さんが、かのブログでそんなふうに言われているとは驚きです。
神仏習合を含め、詳細なご解説ありがとうございました。
投稿: Marc Bolanch | 2008年10月28日 (火) 08時30分
人によっては動物霊信仰になってしまったりしているようですから、そのような部分でネガティブなイメージを背負う事になるのでしょうね。
自分は放置された稲荷を見ると怖いですよ。
投稿: MUGEN | 2008年10月28日 (火) 21時32分
MUGENさん
放置された稲荷社であっても、それを野狐の巣窟にするか、「何もない場所」にするかは人間の意識次第です。
稲荷大神の分霊を正しい作法によって移動させたり、御魂抜きをするなどの対処を取っていれば、何も恐れることはないと思います。
また、四国では昔から狸信仰も盛んですが、昭和の初期に霊験あらたかだと参拝者の絶えなかったお宮が、今ではその影すらも遺さないほど朽ち果てているところを見たことがありますが、そういう場所では眷属も自然霊化して無害化している所もありました。つまり、自然に還るケースもあると言うことです。
投稿: 魔王★クラウザー | 2008年10月28日 (火) 22時16分
私の住む辺りでは地の神と称して稲荷を奉っている家が多いのですが、その錯誤ないしは混同は他の地方でも良くあるようなことなのでしょうか?
投稿: 県民A | 2008年10月29日 (水) 09時08分
県民Aさんのお住まいの地域ですと、地の神を稲荷として祀る傾向が強いようですが、それは全国的な傾向ではないようです。
http://homepage3.nifty.com/yahoyorodu/inarigaku.htm
ここに示しただけでも、祭神による分類が多様なのが稲荷信仰の特徴です。
また、憑き物信仰との関連で言えば、「クダ狐」が県民Aさんの地域では優勢です。これは修験道との関係と思われます。
ところが、近畿地方には稲荷をはじめ憑き物信仰自体が存在しません。
投稿: 魔王★クラウザー | 2008年10月29日 (水) 19時11分
ありがとうございます。
私の本家では地の神に豊川稲荷を奉っていたので、どういう理由でそうなっているのか疑問に思っていましたが、その謎が少し解けました。
投稿: 県民A | 2008年10月29日 (水) 20時22分