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2009年1月

ほんとにあった怖い話冬の特別編2009

TV制作会社から連絡があって、きたる2月3日(火)に「ほんとにあった怖い話冬の特別編」が放映されます。

詳しくはこちらをご覧ください。

私もかつて、この番組に出演していたこともあって、今回は心霊写真の鑑定のシーンが再放送されるそうですが、「1万5千枚から選ぶワーストランキング33」の一部がオンエアーされるようです。

すでに、肩書きは「拝み屋系心理学者」で入れてもらうようにお願いはしています。

私の歴史の一コマではありますが、とても有意義な仕事をさせてもらったと思っています。この手のネタに興味のある方は是非ご覧あれ。

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松山の幽霊事件(その顛末)

昨日公開したこの記事は、故人やその遺族の意思を尊重して伏せることにしました。

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座敷童(4)

昨日は、何の現象も起こらず、一連の出来事は終結したものと思っていたので、先の記事では(完)と記したのだったが、再び本日現象が発生しはじめたため、これで4件目の記事と相成った。

1月18日18時30分頃、祈祷所のメンバー3人で話をしていたところ、祭壇の部屋から何かものが落ちるようなドンという音が聞こえた。

私が様子を確認しに行ったところ、写真のような状態になっていた。どこに異変があるのか分かるだろうか?200901181840pt2

そう。今度は、ロウソク立て(燭台)が一対まるごと畳の上に置かれていたのである。この燭台は真鍮製でかなりの重量がある。それがきれいに間の祝詞集、経本などを避けて、立ったまま下に落ちていたということになる。しかも、燭台の置かれている幅は八足の上に置かれていたときの幅よりも広くなっていた。つまり、八の字状に燭台が落ちた(降ろされた)と言うことを意味する。

ここまで観察された事柄をまとめておこう。この最近、一貫していることはロウソクに関する物体の移動である。他のものはまったく移動していない。

1.使用中のロウソクが移動した。燃焼した後、消火して移動した形跡もある。この現象は初日(1月14日)に頻発した。

2.移動したロウソクの芯の向きが異なる。

3.新品のロウソクが燭台に移動していた(据えられた)。

4.燭台が移動した。

これらはいずれも、祈祷所のメンバーが一瞬目を離した隙を狙って発生している。これは、「目撃抑制」といって、特異現象自体が決定的瞬間を捉えようとする監視の目をすり抜けるかのように発生する性質と一致している。ただし、メンバーの一人が神前で二拍手をした瞬間にロウソクの炎が二本とも同時に消えたことは例外である。

また、物体の移動は整然と移動しており、必ず一対のモノが、意図されたかのように並べられる格好で移動している。

しかも、次第に現象自体が「手が込んだもの」になってきている。

私たちとしては、もはや受け入れるしかない事実となっている。次に何が起こるのか、まったく予測不可能だが、また何か起こったら記録を残す意味で報告することにしよう。

(たぶん続く)

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コメント欄

2009年に入って、完全に外部との交流を遮断して、修行モードになっていたためブログのコメント欄を「受け付けない」ように設定しておいた。

ようやく拝み倒しの日々も終わり、少し外部との接触をするだけの余裕ができてきたので、1月1日に遡ってコメント欄を復活させた。

ただ、相変わらず多忙な日々を送っているため、レスポンスは遅れがちになるかもしれないし、レスを返せないケースもあることをご了承願いたい。

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「祈りの力」札幌ライブ(その3)

すでに、何度かお知らせしているように、「祈りの力」札幌ライブの申し込み状況についての続報です。ここまでの所、北海道内に限らず全国から申し込みもあり、予定している定員がかなり埋まってきているとのことです。

ライブの運営及びチケットの販売については、イベンターのかなざわさん、スピ弟子の桜庭さんに一任していますが、参加希望者はお早めにお申し込みくださいとのことです。

2月には新著「祈りの力ー願望実現へのアプローチ」(東洋経済新報社)も出ますので、それと「祈りの研究ー現世利益の実現」(東洋経済新報社)を事前に併せて読んでいただいた上で参加されると一層理解も深まると思います。

詳細は、ブログの右上の帯にあるウェブページの欄をご覧ください。

著書やブログでは味わえないライブの雰囲気を堪能していただければと思います。みなさん、ふるってご参加ください。

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座敷童(3)

さて、相変わらず我が祈祷所では特異現象が持続している。1月16日は、朝、再びロウソクが八足の上にロウソクの芯を神前に向けて置かれているのを見つけたところから始まった。

夕方になり、宮司が水器の水、お酒などを取り替えて祭壇を後にした。数分後、霊媒が祭壇に向かい、夕拝を行おうとしたとき、異変が起こっていた。燭台に新しいロウソクが立っていた。それに火をつけ、夕拝を終えた後、宮司に「ロウソクを新しく取り替えてくれたのだね?」と霊媒が尋ねたところ、宮司は「いいえ。取り替えていません」という。

真新しいロウソクが、いつの間にか燭台に立てられていたわけである。

すでに、この時点で三人とも妙に納得するようになっていたので、新しいロウソクに火をともしたまま、夜の礼拝に向かった。

そうしたら、自動的に取り替えられた新しいロウソクが残り数センチの部分を残して、火が消えていたのである。その3分前に宮司がロウソクにまだ灯がともっていることを確認していたので、あっという間にロウソクの火が消えてしまったことになる。

この時点で、これ以上、今回の現象について詮索する気力を3人とも失ってしまい、3日間の一連の出来事をあるがままに受けとめることにした。3人揃って、稲荷大神、稲荷眷属、座敷童、式神に対して感謝の祈りを捧げた。

うちの祈祷所に来ていただければ、何らかの異変を目撃できると思うが、今後ますます特異現象が頻発するような予感がしている。

以後、座敷童ネタは封印することにした。だって、毎日ロウソクで遊んでいるようなので、そのまま遊んでいただくことにして、後はそっと見守っていればいいだろうと、祈祷所のメンバー全員が納得してしまったからである。

(完)

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座敷童(2)

実のところ、この話の続編を書くつもりはなかった。しかし、昨日、祈祷所の祭壇で特異現象が続発したので、心に刻みつける意味でブログに記すことにした。

1月15日21時30分頃、外出していた祈祷所のメンバー2人が帰宅してきた。私は祈祷所で留守番をしていた。前日、座敷童事件が発生したため、外出の帰りにお供えの饅頭を買ってきたので、祭壇に供えると言って一人が祭壇に向かった。そのとき、すでに異変は起こっていた。

またもや、ロウソクが燭台から抜き取られて、一段上の八足のコマ狐の両脇に置かれていたのである。しかも、前日よりもロウソクが数センチ短くなっている。つまり、一定時間燃焼したロウソクが燭台から離れて、八足の上にあったのである。

まず、嫌疑をかけられたのが留守番をしていた私。いたずらでもしたんだろうと疑われた。

とんでもない。私はその日、祭壇には向かわず、二人が外出する時間には祭壇のロウソクが燭台に立っていることを確認して、彼らが帰宅するまでずっと二階の自室にこもっていたのである。ロウソクに触ることなどあり得ない。

濡れ衣を着せられそうになったので、反対弁論を行った。

その後、食事を済ませ、身を清めた後、私が祭壇で夜の祈りを行った。祝詞、祭文、お経をワンセット唱えて、ロウソクに火をともしたまま祭壇の部屋を出た。

もし、何か目には見えない次元での意識場の作用があるなら、ともしたままのロウソクに何か異変があるかもしれない。

その数分後、メンバーの一人がロウソクの様子を見に祭壇の部屋に向かった。すると、ロウソクが見えないという。急いで部屋に行くと、何とまたもや燭台からロウソクが抜かれて、八足の上にあった。

つまり、今度は火が消えたロウソクが移動して別の場所にあった。しかも、ロウソクの芯が手前の方向に向いていた。

そこで、今度は新品のロウソクを燭台に刺し、火をともした。移動したと思われるロウソクはそのままの場所に置いた。

数分後、メンバーの一人が様子を見にいった。そこで、柏手を打ったらスーッと新しいロウソクの火が二本とも消えてしまったという。

この時点で、3人とも絶句した。

デジカメ200901152357がなかったので、ともかく、この状態を記録にとっておこうと思い、私の携帯のカメラで撮影したのが写真の様子である。私が拝んだときに火をともしたロウソクが八足の上に移動している状態を写しだしている。天地神明に誓って言う。これは人為的に動かしたものではない。

その後、いったいこの一連の現象が何を意味するのか、霊媒による託宣の議を執り行った。

そこで降りた神籤の概略は以下の通りである。

人間というものは自分の肉の眼で物事を見ないと、なかなか納得できない性質を持っている。ましてや、人間業を超えた、「目には見えない力」の存在を信じようとはしないものである。たとえ、ここに神が鎮座ましましても、疑いの心を持つ者には、何も受け入れようとはしないであろう。

疑いの心がどこかにある者は、神に仕える資格などない。この現象を目の当たりにして、汝らは神仏の存在をどう捉えるか?よく考えるがよい。

心に裏表のある人間は我の前に座るべからず。神は汝らの心を見通している。神の前では嘘も隠しも通用しない。ロウソクの向きを変えたのは、人の心に存在する裏表を暗示している。そして、神を疑う者には心の灯火も消える。我はここにあり。

真剣に大いなる存在に対する畏怖の念を実感させられた夜であった。

唵枳里訶矩娑嚩訶!

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座敷童?

うちの祈祷所には、しばしば特異現象が発生するのだが、昨日、実に奇妙な現象が発生した。

白昼、うちの霊媒が男性の声で祭壇のある部屋から祭文やお経をあげる声がすると言う。しばらくして、声が止んだというので、私と宮司3人で祭壇のある部屋に向かった。知らないおじさんが勝手に上がり込んで拝み倒しているとはにわかには信じられなかったが、もし不審者が上がり込んでいたら取り押さえてやろうと思ったのは事実だ。

部屋に入ると、そこには誰の姿も見えなかった。空耳でも聞こえたのだろうと思い、部屋を後にしようとすると、霊媒が「あっ!ろうそくが…」と声を上げた。

よく見ると、ロウソクが二本、燭台から外されて、さらに上段の八足にある供え物の間に真っ直ぐ横にきれいに並べられている。

一体誰が、こんな事をやったのか?

そこから先は、私が研究者モードになって推理した。昨夜からこの家には誰も出入りはしていない。窓も玄関の鍵も全部閉めている。当日の早朝、霊媒が朝拝のために祭壇に赴いたときには、何の変化も認められなかった。

その間、私も宮司も拝んでいないし、まして拝んだ後にロウソクを引っこ抜いて八足の上に並べるなどと言う作法はないし、誰もやらない。

じゃあ、いったい誰がやったんだ?

そういうときには、拝み屋の長老に伺いを立てることにしている。家にいた人間が誰も触ってもいないのにロウソクが二本とも移動するとはどういう事なのかと。

長老曰く、「座敷童がロウソクで遊んでいたのじゃ」

うーん。そういうことなんだ。。。

一般の人の感覚では、「何じゃそりゃ?」というだろうが、私たちの感覚では、そういうことが日常茶飯事化しているので、すでに少々のことでは驚かなくなっている。

以前より、この家(祈祷所)で、子どもの走る物音を私は何度も聞いているが、姿を見ていない。でも、部外者で男の子の姿を目撃した者が何人かいる。目撃者の証言によれば、見知らぬ男の子が突然現れて姿を消したという。ただ、断っておくが、その男の子は、私の子どもでもないよ。

この家の守護神の化身でもあり、色んな姿になっては顕れるという。子どもなので、遊びもする。ただし、生身の人間の子どもが住んでいるのではない。

言ってみれば、「アストラル・ボーイ」が我が家には住み着いているのである。長老によれば、これは守護神の化身で、福をもたらしてくれる存在だとのことだったので、ずっと留まってもらえるように、今日はお供えを買ってくることになった。

福の神の化身なので、我が家に宿泊すれば、福がもらえるかもしれない。

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「祈りの力」(カバーデザイン)

拙著「祈りの力」の再校ゲラの修正も終わり、昨日からカバーデザインの検討作業をしていた。いくつかのデザイン案があったが、このうち目についたのが、このデザインである。Rr

実はあがってきた原案について、こちらが無理を言って、デザイナーさんに「あるポイント」の修正をお願いして、いただいたのがこのデザインなのだ。それが何なのかについては秘密にしておく。

比較してみれば分かると思うけれど、前著「祈りの研究」は<木>がテーマだったが、「祈りの力」は<水>がテーマであることは確かだ。そこにシンボリックなヒントが隠されている。

これで、本書の企画は私の手から離れた。著者としては人事は尽くしたので、あとは、運を天に任せてこの本が世に出るのを待つことにする。もちろん、楽しみながらも丹精込めて本作りに関わらせてもらったし、魂のこもった一冊になったと思う。

ただ、天任せだけにはできない部分もあるので、プロモーションはさせていただくし、このブログの読者のみなさんのお気に入りの一冊に入れていただければ幸いである。札幌ライブのテーマも「祈りの力」で決まっているし。

以後、引き続き続報をこのブログで流していく予定である。

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修行の日々

年末年始から四国に戻り、関東での仕事があるとき以外は、四国で修行に励んでいる。自宅が祈祷所でもあるため、行場も自宅内にこしらえてある。PCに向かう時間が大幅に減り、最近はアナログな生活パターンになっている。

四国は温暖な気候だと思われているだろうが、私の自宅は山間部に位置するため、平野部よりも気温が2−3度は低い。加えて、1月になって寒波も到来したので、水行を繰り返す日々である。水温はほとんど氷水に近い温度だ。雪も降り積もるような天候が続いている。

関東にいると、どうも「拝む力」がなまるので、四国にいるときには毎晩稲荷真言を唱えながら百八回以上の水行を行った後、祭壇の前で各種祝詞、祭文、お経を唱えて、拝み倒している。その結果、かなり以前の感覚が研ぎ澄まされて戻ってきている。

この調子だと、そのうち滝行もやることになるかもしれない。

ただでさえ、生きている間に罪穢れがこびりついてしまうので、禊ぎは欠かせないと思う。仕事の合間を縫いながらではあるが、節分までは断続的に修行を行うことになるだろう。

おかげで、かなりの程度、これまでに被曝してきた各種の想念のゴミは洗い流すことができた。意識変容も起こってきているので、拝む力と祓う力も戻ってきつつある。

同時並行で、深く内省を行う心の行も進めている。自分自身としっかり向き合うために、静寂に包まれた時間が必要だと思う今日この頃である。自分の軸がぶれないように、修正もかけていきたい。

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札幌ライブ(続報)

今年もいよいよ始動しはじめました。

きたる4月4日、5日に札幌で開催される私のライブ(講演)のチラシ(リーフレット)の修正版をアップしました。連絡先などの変更が加えられています。詳しくは、ブログの右帯上にあるウェブページの欄を開いて、そこからダウンロードしてください。

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年始の挨拶

謹んで新年の祝詞を申し上げます。

昨年は5月からブログを復活させ、ネオスピやネットカルトに関する問題を中心に持論を展開してきました。大学を辞めてしばらくの間休業するつもりが公私ともに多忙を極めたのは、嬉しい誤算と言ってもよかったと思います。

年も改まり、今後の私の活動の方向性も見えてきたので、今年もボチボチとやっていきたいと思っています。

と思っていたら、早速ネオスピの闇が見事に暴かれるという事件も発生しました。

「神世界」という事実上のカルトは全国組織ですが、北海道で事件化するというのも何だか暗示的な出来事であります。ここも外国資本の闇組織がバックについているようで、十分に注意された方がよろしいと思います。

さて、今年は四国の拝み屋教会の運営に本腰を入れると共に、引き続き著作活動とライブ活動を継続していく所存です。

大勢の方とのつながりを大切にしながら、地道に神仏の世界の探求者としての研鑽も深めていきたいと思っています。足場をしっかりと固め、雨の日も風の日も歩んで行きます。

世相は一層殺伐としたものになっていくでしょうが、「精神的な支柱」さえしっかりと打ち立てることができれば、何も恐れることはないはずです。

荒廃しきった世の中で、いかにしなやかな「心のバネ」を形作っていけるか、しっかり自分自身と向き合いながら、志を同じくする人たちと一緒に前を向いて歩んでいけるよう、一層の精進を重ねていきたいと思います。

人心を惑わすような行い、口先だけのきれい事や偽善を避け、己の罪穢れも自覚しながら祓い清め、次のステージに立ちたいと思います。

今年もよろしく応援のほどお願い申し上げます。そして、みなさまも多くの幸に恵まれますよう、微力ながらお祈り申し上げます。

平成21年 元旦

魔王★クラウザーこと 中村雅彦 拝

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