拝金教
一体、この国の宗教はどこまで乱れているのか。呆れてものも言えない状況を呈しているように私は思う。
ある新宗教のケースでは、家族の13回忌の法要のことなどお構いなしに幹部が押しかけてきて、関東のある都市にある本部から、こんなご神託が下りたと告げた。
「この人はあの世に行って苦しんでいる。なぜなら、亡くなったときに総入れ歯だったが、霊界ではそれがない状態で、ものを食べることができずに栄養失調になって危険な状態になっている。このままだと死んでしまうので、供養が必要である。」
供養代は、3000万円なり。
疑問1…死者が栄養失調になるのか?
疑問2…死者は霊界でも餓死するのか?
疑問3…霊界での栄養補給になぜ3000万円もかかるのか?その明細は何か?死者にユンケルでも飲ませるのか?にしても高いなあ。
仏教では、彼岸に逝くものは、目、耳、鼻、口、皮膚感覚さえもなくなる。彼岸やお盆にご先祖様が帰ってくると言うが、供養というのは気持ちの問題であり、死者の成仏、あの世での安寧を心ばかりの供物を供えて拝むだけで、十分にハートが伝わる。
その宗教法人では、自分たちの奉る神こそ絶対的な救済を与える神であり、神道の神話も、仏道の教えも、すべてでっち上げの所産であるという。新宗教の多くは、一神教的な性質を持っているところが多く、それに反する宗教、宗派はすべて邪教であると強調する傾向が見られる。
神道や仏教に関して十分な知識のない妄言が多いのも特徴の1つである。その宗教法人ができる何千年も前から、神道の流れは途切れることなくあったし、仏教伝来にしても1500年前の話だ。皇祖神の存在に異議を申し立てるなら、皇室、宮内庁、あるいは伊勢神宮にクレームをつけた方が筋が通るよ。日本における仏教の歴史を知っていれば、仏像が個人の趣味で作られたなどと言う説も論破されるわ。
それでも、篤い信仰心を持って拝み倒せば、神さまにその祈りが通じて奇跡が起こることもあるかもしれない。
でも、その新宗教の拝む力は、はなはだ期待はずれのようである。危篤状態に陥った家族の命を延命するために専属祈祷師が24時間体制で拝み倒した。そうしたら、翌日その方は亡くなった。
祈祷料はしめて5000万円を払い込んだという。で、一生懸命に拝んだのに亡くなってしまったのは、信心が足りないせいだという。これも常套句である。
要はそこは拝金教であり、金づるになると見たら、とことんまで搾取して、ぼったくる。地獄の沙汰も金次第である。
このようなゆすり&たかり宗教は全体から見れば一部であろうが、その規模はかなり大きく、有名なところも多い。自分が納得のいかない教えに染められる必要はない。早くしがらみを断ち切って、脱会するに越したことはない。
ところで、最近北朝鮮の動きが活発化しているようだが、これも日本人が直接的、間接的に経済的な支援をした結果であると私は思う。宗教は資金源になるからね。宗教やそれに類似したネオスピは、彼の国にとって外貨獲得の有効な手段の1つである。儲かれば、何でもありの世界になっちまったと言うことだぜ。十分に気をつけた方がいいよ。
あまりにもバカバカしい話なので、無視しておこうかと思ったけど、そういう団体に呪縛され、怯えている人も多そうなので、ここは勇気を持ってNO!といって脱会することを勧める。そんなものにすがる必要性を感じないのなら。
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コメント
恥ずかしながら、知り合いに新興宗教(最近、立党宣言した奴です)にのめり込んで入る人が居ます。
経済的理由で離婚し、転職を繰り返し・・・
それでも、新興宗教にしがみ付いています。
古今、宗教とお金の問題は難しいですね。
伝統宗教でも、施設や職員の維持管理にお金が必要。
人の心は弱いものであると思います。
その、弱さに付け込む新興宗教は、嫌いです。
投稿: 十一面観音信仰者 | 2009年5月31日 (日) 14時52分
この人はあの世に行っても栄養失調ですか・・・
もはや宗教ではなくて衆狂ですね(笑)
資産家が宗教から脱退しようとすると呪詛でリンチをしたりするようなところもあると先生の本にも書かれていましたよね・・・本当に恐ろしい事です。
北朝鮮に至っては経済制裁やらで圧力が加わると何をするかは解りませんが断固たる姿勢を続けるべきだと思いますし、いい加減に自衛隊を国軍化すればいいのにと若造ながら思いました・・・
投稿: マスター | 2009年5月31日 (日) 20時09分
十一面観音信仰者さん
宗教というものは、本来、様々な理由で苦悩を抱えている人々を救済したり、心の安寧を得るためのツールだと私は思います。
だから、本人がそこに入信して自分は幸せだと感じるならば、それでいいでしょうし、余計に状況が悪くなる、運気が下がる、何らの結果も出ないというならば、脱会すればすむことです。
しかし、組織的な新興宗教では、組織の論理で一定のノルマが信者にもかかりますし、多額の寄付金を納めてくれる信者なら、何としてでも脱会を阻止する行動に出ます。そこで、幹部連中が家族を巻き込み、よってたかって妨害工作や嫌がらせを行うのが実情です。
わたしは、これまで同じようなケースを何度も見てきましたし、そうう裏があることをいやと言うほど知っています。
お布施や寄付は強要されるものではなく、少なくとも本人が感謝の気持ちをもって自発的に行うものです。それを無視して、当たり前のように脅しやたかり的な行動をとる所は、全体の一部ですが、決して少なくはないと言っておきましょう。
投稿: 鬼神☆中村 | 2009年6月 1日 (月) 18時59分
マスターさん、こんにちは。
>資産家が宗教から脱退しようとすると呪詛でリンチをしたりするようなところもあると先生の本にも書かれていましたよね・・・本当に恐ろしい事です。
呪詛もしますし、家に押しかけたり、ストーキングをしたり、物理的な嫌がらせもひどいです。
>北朝鮮に至っては経済制裁やらで圧力が加わると何をするかは解りませんが断固たる姿勢を続けるべきだと思いますし、いい加減に自衛隊を国軍化すればいいのにと若造ながら思いました・・・
あの国の瀬戸際外交は建国以来の常套手段で、今回もまたやってきたなという印象です。日本からミサイル用の部品などが流れていますし、日本で得られた資金調達と送金も行われています。金になることなら何でもやりますので、ネオスピにの世界にもエージェントがいるということです。本人が知らずにエージェントにされてしまっているケースもあるようですが。
にしても、建国の父を偶像崇拝させ、国家元首を現人神として崇めさせるのは、戦前の日本の軍国主義を彷彿とさせますね。
投稿: 鬼神☆中村 | 2009年6月 1日 (月) 19時09分
先祖供養というので疑問に思っているのは、あまり亡くなった
ひとを思いすぎると成仏できないからふだんは忘れていたほうが
いい、というのと、50回忌を過ぎると村の山に帰るから、
それからは供養しない、というものです。
ちょうど祖父の50回忌が今春あったので(もちろん会ったこと
はなく、写真でしか知りません^^;)、そのあたりどうなのか
なと、もしよろしければ先生のお考えを伺えたらうれしいです。
投稿: 湖衣 | 2009年6月 7日 (日) 00時24分
湖衣さん、こんにちは。
大石武「伝説 津嶋佐護郡」(昭和堂,2004)
この人は対馬の郷土史家ですが、彼の本の第1章で
「遠い先祖は神様、近い先祖は仏様-、そのように聞いて私たちは育った、遠い遠い神様は今も私たちを生かし続けている、ふるさとの山河だった-。」
と書いているのが私には記憶に焼き付いています。対馬神道の独特な神仏習合思潮を端的に言い表した言葉です。
また、前著「祈りの研究」にもP.96-97にかけて、先祖の因縁の問題に具体的に触れているので、ご覧ください。
拝金教が説くのは、いつも決まって何百年前の先祖の障りが来ているといった類のものです。
私たちの経験から見ても、そのようなケースは皆無に近いです。また、水子供養についても同様で、仏式なら49日間、神式なら50日間で大抵のケースではこの世から去っていきます。
また、水子が祟るというのは滅多にありませんが、軽い気持ちで何人も中絶したり、子どもをもののようにしか意識せずに忘れてしまうと、障りが起きるケースもあります。
ということで、あまりとらわれすぎず、かといって意識から完全に外すこともしないような心持ちが大切なのだろうと私は思います。
日本古来の「祖霊信仰」、「祖先崇拝」の考え方で説明すれば、死者は死後一定期間がたてば海や山に帰っていって、祖霊=守護神となる。その時点でもう仏ではなくなるので、自然に還って自分たちを守ってくれる神霊として敬う気持ちは必要だろうと私は考えます。
投稿: 鬼神☆中村 | 2009年6月 7日 (日) 18時55分